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2015-10-09

ひと図鑑 亀渕友香さん(歌手・ヴォイストレーナー)

古稀を迎えてますます精力的に活動されている亀渕友香さん。ステージ、テレビ、ヴォイストレーナー……。友香さんを必要としている場所、人。そして友香さんの行く先々には、その歌声と凜とした姿に励まされ、勇気づけられる人がたくさんいます。


亀渕友香さんプロフィール31sBSqpOiJL._AC_UL115_
音楽界、ゴスペル界をけん引する歌手、ボイストレーナー。自身の音楽活動に加えて、ゴスペルを主とするコーラスグループ「亀渕友香&The Voices of Japan」を主宰。現在は、12月22日に東京文化会館大ホールで催される『亀渕友香&VOJA Christmas Gospel Night 2015』に向けて、メンバーの指導にあたっている。古稀を記念して制作したアルバム「古稀 modernism」「古稀 edutainment」は、老若男女世代を超えて支持されている。
Q. 亀渕さんが、お若かった頃は、どのように過ごされていましたか?

歌っていましたよ、一生懸命。当時すでに、仕事として歌っていたし、それなりに充実していましたけれど、「これでいいのかしら?」と不安を感じ始めた時期ですね。

Q. お仕事が充実しているにも関わらず、不安を感じていた?

20代後半から30代前半って、仕事にも社会にも慣れてくるんだけれど、ふっと不安に思う時期でもあるんですね。「この先、どこまで仕事ができるんだろう?」ってね。仕事を継続していくだけの力が自分にあるかどうかが不安なのよね。そこでつい、男の人に頼っちゃおうかななんて思いが生まれてくるの(笑)。人生を充実させるために、そういう選択肢だってあると思うわ。

Q. 亀渕さんはその不安にどう立ち向かったのでしょう?

足元を固めるためにはきちんと勉強しなくちゃと、ニューヨークやロスアンゼルスに勉強に行きました。でも、それでもどこか空しかった。そんなときに、母が言ってくれたんです。「仕事を持っている女はみんなそう。そう感じるのは当然よ。だって、あなたは自分のためだけに生きているからね。子どものためとか、家族のためとか、守るべきものがあればまた違ってくるわ。あなたにも子どもがいればいいのにね」って。「そうか、なるほどね」と目からうろこの思いでした。

Q. そして、シングルマザーになられたんですね。

たまたまですけどね(笑)。私は子どもを産んでから結婚するという人生を選ぶ結果になりました。私の場合は、娘を産んで一人前になれた気がします。もちろん、子どもがいなくても素晴らしく生きている方もたくさんいることも知っています。「自分が何をすべきか?」は、実は自分が一番よく知っているのね。自分の直感を信じて、突き進むべきだと思います。今の生活に不満や不安があるなら、立ち止まって「これでいいのかな?」と考えることはとても大切です。娘にもそう言っていますよ。

Q. お嬢さんにもアドバイスされている?

kamebuchi_600娘ももう30歳を越えましたが、18歳の頃には自分の目的が見つけられず、自分には何もないと悩んでいた時期があるんですね。でも、何もない子なんている訳がない。高校卒業を機に「海外に行って一人暮らしをしてごらんなさい」って、私の許から離したんです。そうしてアメリカの大学に行って、少しずつ自我に目覚めていきました。帰国して、ある外資系の会社で総務の仕事をすることになった時に「あぁ、私はこの仕事が好きだ。この道のプロになりたい」と思ったようです。それが高じて、今はMBAを取得しようとアメリカに勉強に行っています。自分の目的を見つける、意識するのに、遅いということはありません。そのためにもがいているうちに、本当の意味でのプライドが生まれます。痛みを伴わないと、プライドは生まれないものなの。

Q. 本当の意味でのプライドって?

生きることに対しての誇りかしらね。よくプライドが傷つけられたっていうけれど、それは、たとえば、体型だったり、歌の上手下手だったり、人の視点によるものが多いように感じます。プライドが傷つくのと人から指摘されて恥ずかしいのは違うからね。人は好き勝手なことを言いますよ。それが人ですから。でも、そんなものに負けるのは、それこそプライドがないことになるのよ。本当のプライドは自分自身の中にあるもの、生きていくうえでの誇りではないかしら。私も、生きることに対していつもプライドを持っていたいと思います。

Q. VOJAの主催者として80人ものメンバーをどのようにまとめていらっしゃるのでしょう?

イメージまとめようとか、引っ張っていこうとか思っていませんよ。まとめようとすれば無理が起きます。人間はまとまらないもの。一つの目標に向かっていればいいんです。目標を定めることが何より大切。VOJAの場合はそれが歌うこと。ゴスペルを歌うために集まっているわけで、友達を作りに来ているわけではありません。たとえばコーラスって、たくさんで歌っているように見えるけれど、実は一人ひとりの音がしっかりしていないとだめなのね。人によりかかっちゃいけないんです。会社だって、一つのプロジェクトを実現するためにメンバーが集められるのだから、同じですよね。同じ目標にみんなで向かって行けばいいのだと思いますよ。それを忘れなければだいじょうぶ。

Q. 20年間のVOJAの活動のなかで、忘れられない思い出はありますか?

もうずいぶん前の話になるけれど、自分に自信がなくて、生活に苦しくて、でも泣き言も言わないメンバーがいたDSCN1871の。傍で見ていて、「この子は幸せじゃないんだろうなぁ」と不憫に感じていました。なんとか彼女に自信を持たせたくて、ニューヨークに連れて行ったり、テレビ番組で取り上げてもらったりしたの。でも結局、彼女はVOJAを辞めて、なんとなく疎遠になってしまったんです。口にはしなかったけれど、実は淋しかった。あんなにしてあげたのにと、心のどこかで期待していたのかもしれません。実はついこの間、その彼女に偶然会ったの。涙が出ちゃったわ。うれしかったのはね、あの彼女が今は自信を持って生きていること。しっかり生きているなって感じられたこと。それが私の誇りにもなっているのだと改めて思いました。

Q. 人生の先輩である亀渕さんから若い皆さんに一言メッセージをお願いします。

私は4歳のときに歌手になろうと決めました。ずっといい歌手になりたかった。絶対になりたかった。時間がかかりましたね。簡単な道のりではありませんでした。でも今……、ようやくそうなれたと思います。だからね、「あきらめるな」。もし、夢を持っているなら、絶対に叶うから、夢に向かって歩いていきなさい。
そして笑顔を忘れずにね。笑顔だと、周りに人が集まるからね。きっと、いろいろなことを教えてくれますよ。

亀渕友香さんとお会いして
IMG_0582「4歳のときに歌手になろうと決めた」亀渕さん。古希を目前に、「ようやくその夢が叶った」のだそうです。気の遠くなるような道のり。つまずきながら、あがきながら、それでも夢をあきらめないで歩き続けてきた結果なのでしょう。音楽の話をされるときの厳しい表情と違って、お嬢さんやVOJAのメンバーについて話す亀渕さんは、おだやかな母の顔になります。辞めていったメンバーの話をするとき、亀渕さんの目から涙がこぼれました。その想いが温かく私の心に沁みこんできました。熟練した歌い手として、厳しい優しい指導者として、神様に与えられた亀渕さんの役割はまだまだ続きそうです。

※2013年12月に、東京で働く・暮らす女性のライフスタイルコミュニティ「東京ウーマン」に寄稿した記事を転載いたしました。

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