ひと図鑑 葉祥明さん(創作絵本作家)
創作絵本作家の葉祥明さん。その名前を知らない人も、きっと誰もがその絵を一度は目にしたことがあるでしょう。以前、アトリエに伺ったときに目にしたのは、少しずつ異なる青と緑と黄色の何十本もの筆。この筆から、青と緑と黄色と白。空と海と地平線。一軒の家と緑の木。あのやさしい絵が産み出されます。
絵本作家・画家・詩人。1946年、熊本市生まれ。
絵本『ぼくのべんちにしろいとり』でデビュー。1990年絵本『風とひょう』でボローニャ国際児童図書展グラフィック賞受賞。
1991年、北鎌倉に葉祥明美術館を開館。2002年に故郷の阿蘇に葉祥明阿蘇高原絵本美術館を開館。郵政省ふみの日記念切手にメインキャラクターの“JAKE”が採用されるなど、画家としての評価も高い。
近年では『地雷ではなく花をください』(日本絵本賞読者賞受賞)などをはじめ、人間の心を含めた地球上の様々な問題をテーマに創作活動を続け、『イルカの星』、『おなかの赤ちゃんとお話しようよ』、『心に響く声』などの作品が好評を得ている。近著にジャック・マイヨール氏との交流をから生まれた『ドルフィンメッセージ』がある。
大切に思っているのは、「動物」「子ども」「女性」。ずっとこの世の中で弱者として抑圧されてきた存在。
でも、僕は男性だけど彼らの在り方に共感を感じるし、一緒にいて心が安らぐ。だからいつも、彼らの味方でいたい。そう思って生きてきたし、僕の作品でも伝え続けてきた。弱く小さい存在が安全に幸せに生きられる世界こそが好ましい世界だと思って、そんな世界を描き続けてきたんだ。
歴史を振り返ると、国家、民族、文明、そのどれもが、弱い存在を虐げてきた。そして暴力を振るうのも破壊するのも常に男性。男性にはオスとしての闘争本能が備わっているからね。1億個以上の精子が、たった1個の卵子に向かって行く。そこからすでにオス同士の競争が始まっているんだ。男性から見れば、地球も、自然も、女性も、子どもも動物も支配すべき存在。全部俺のモノ、資源。それをオス同士が奪い合ってきたというのが人類の歴史なんだ。
男性を真正面から攻撃して、世の中を変える方法もあるかもしれない。が、それこそがオスの論理。僕は、自分の作品のなかでは、女性達を力づけ、励まし、自覚を促し、自立できるようにと支援していきたい。
そう、そのために必要なことは、まず「精神的な自立」。依存心をなくし、自分でやれることは自分でやって、自信をつけていくことだ。もちろんどうしても一人でやれないことは誰かの助けを求めていいんだ。
次に「知性」。受験のためだけの勉強ではなくて、人間として生き抜くための思考力。そして経済力。社会で働いてお金を得ることは、生きるための一つの条件だからね。精神から経済まで、男性や社会に依存しなくても生きていける強さと賢さを備え持ってほしい。そして女性だからこそ、美容と健康にも気を遣ってほしいな。
身近に会社に勤めている人は一人もいなかったし、家はレストランだったから、大人になって仕事をするということは、この町で何か人にサービスして、お金をもらって、生きていくことだと思っていた。大学を卒業するころになっても、就職するというイメージはないままだったから、自分は何ができるんだろうと一生懸命考えたよ。何がしたいかではなく、何ができるかだよ。そして、本を読むのが好き、図画工作や絵が得意。それなら絵本作家やイラストレーターだろうと。これならいける、そう思った。そんなとき、岩崎ちひろさんを筆頭とするメルヘンブームがやって来たんだ。
会社に勤めている人も、主婦も、そして社会も何か潤いがほしかった時代だったんだね。だから、みんなが安らぎを求めて、メルヘンがブームになった。その20年後には、世界規模で、政治、経済、自然災害、紛争という過酷な時代が始まったけれど、それだけに人々は穏やかな平和な世界、メルヘンやファンタジーに親近感を覚えるようになったんだろう。
そして、最初は僕の絵を観てもらうために、この美術館を北鎌倉に建てた。でも皆さんが美術館に求める意味が違っていた。安らぎや癒やしの場として求められたみたいなんだ。バブルがはじける少し前のことだったから美術館は建てられたけれど、20年以上経った今もまだ続けられているっていうことを考えると、社会が必要とするものは、存在し続けるってことかな…。
苦労といえば苦労なんだろうけれど。でもなるようになったと思う。きっかけは全部自分が作っている。そう、自己責任。だから、泣き言は言えない。そういうなかでも、自立して、自活して、どう生きるかということを考えて、幸せを追求してきた。人の人生って、いいことも、悪いことも、あらゆることが、仕組まれていると思う。時代も状況も変化していくけれど、僕はその大きな仕組み、すなわち自分の魂が計画した人生を、そして社会、人、自分、運命の力を信頼している。だから人生を嘆き悲しんだり、投げ出したりはできない。
相手の心を察すること。思いやること。信頼すること。相手が虫であっても、動物であっても、人間であっても。もちろんだまされたり、傷ついたりすることもあるけれど、それでも相手を信頼し続ける。そうすれば、だまされたことにはならないと思う。被害者意識を克服するのは、難しいと思うかもしれないけれど、心の中で自分をコントロールする。一見、他人や社会システムが自分を攻撃しているように思えるかもしれないけれど、決してそんなことはない。自分と状況を一段高い所から見て見れば、そうではないということが分かると思う。
女性にとって今までにない史上最高のチャンスが、今、日本に来ていることを伝えたい。女性であることが、少しずつだけどハンディキャップではなくなってきたんだ。だから、この追い風に乗って、あなたのチャンスを存分に活かしてほしい。大いに、自立して、自活して、あなたの人生を構築してほしい。何がしたいのか、何ができるのか、よく考えてごらんなさい。アメリカだけでなく世界中の国々の女性達も立ち上がりはじめている。日本でもね!女性にとってのチャンスはやってきている。しかし、残念ながらまだガラスの天井、つまり制限は残っている。アメリカのクリントン女史がもし大統領になったら、彼女が女性のガラスの天井を破った最初の女性になるんだ。今、間違いなく女性にとって世界への扉は開かれた。だから後はあなた自身が扉を押して、間口を広げていけばいい。私はいつも皆さんを応援しています。
葉祥明さんとお目にかかって
お話を伺ったのは葉祥明美術館。
北鎌倉駅から円覚寺を通り過ぎ、あじさい寺として有名な明月院に向かう途中に佇む瀟洒な洋館です。
葉祥明さんの作品に出合ったのは、まだ小学生のころ。母に買ってもらったノートや下敷き、タオル……。やわらかなタッチの美しい世界の中にまるで自分がいるかのような気持ちになりました。そして今、リリー・フランキー氏の『東京タワー』にも登場した詩「母親というものは」、絵本『地雷でなく花をください』や『ヒーリング・キャット』など、優しい絵と心の奥に染みこんでくるメッセージに励まされています。
人は攻撃されたり、阻害されたりすると、つい被害者意識をもって、環境のせい、他人のせいにしてしまいがちです。しかし、葉さんは被害者意識をもつことなく、仕返しすることなく、自分よりも弱い存在の動物や子どもや女性に目を向け、いつもその幸せを願って、絵本で、メッセージで、エールを贈り続けてきました。
今日も、葉祥明美術館には、たくさんの人がそのエールを受け取りにやってきます。実は私もその一人。葉さんの想いがあふれるおだやかな空間に身を置いていると、人を恨む気持ち、自分を情けなく思う気持ちが、少しずつ溶けて、一歩前に足を踏み出そうという勇気が湧いてきます。
「誰かを助けたいと思ったらその前に まず自分自身が十分強くなっていなくては」。葉さんが勧めてくれた『ドルフィン・メッセージ』の1節です。人としての強さは何か、改めて考えています。
※2014年9月に、東京で働く・暮らす女性のライフスタイルコミュニティ「東京ウーマン」に寄稿した記事を転載いたしました。